2021年7月20日

東京パラリンピック

祖父が家に帰ってきて、
「おじいさまは今日、パラリンピックを見てきた。身体障がい者の人たちが競技をする、素晴らしい大会だった。」
と興奮して話してくれたのを覚えている。
どういう表現だったか覚えていないが、パラリンピックはこの東京大会で初めて行われた、ということを言っていた。
だから、私は、これを聞いた小学校2年のときから今まで、ずっとそう思ってきた。
ここに来て、記念すべき第一回の開催地で再び開催されることの報道がなぜないのだろうか、と不思議に思った。
記憶違いだったのだろうか。

ウェブで調べてみた。

1960年、オリンピックの開催されたローマで国際ストーク・マンデビル大会が開催された。
ストーク・マンデビル大会は、肢体不自由の障害者を対象とした障害者スポーツの総合競技大会で、1948年以降毎年開催され、1952年に国際競技会へと発展し、国際ストーク・マンデビル大会となった。
オリンピック開催国でオリンピック終了後に実施する、と決まったのはローマ大会のとき。
1962年、国際身体障がい者スポーツ大会の開催に向け準備委員会が設立された。
東京大会では、これまでの車いす使用者だけでなく、すべての身体障がい者が参加できる「国際身体障がい者スポーツ大会」の開催とした。
そして、東京パラリンピックが開催された。 「パラリンピック」という名称は、東京大会の際に日本で名付けられた愛称だった。
その後、パラリンピックの名称が正式名称となるにあたり、「パラ」の意味が、「Paraplegia(対まひ者)」から「ギリシア語の接頭語Para(沿う、並行)」と変わり、1997年、国際パラリンピック委員会(IPC)が設立された。
そしてこの場で、
「第一回パラリンピックはローマ大会、東京大会は第二回」と決まった。

これ以外にも変更・改革はあるのだが、パラリンピックのこれまでの変遷をみると、いろいろな区切り基準があるだろうとは思うが…。
誉れ高い第一回は、発祥地イギリスを含むヨーロッパで行われなくてはならず、極東の地には与えられないとでも思われたのだろうか。

祖父は1962年から1964年のオリンピック直前まで厚生事務次官を務め、このパラリンピックの開催にひとかたならぬ思い入れがあったであろうに。

祖父は1979年に亡くなった。1997年の決定は知らない。
「東京で初めてパラリンピックが開催された」と誇らしげだった祖父の顔を思い出す。



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