2017年9月28日

兄さんの背中

 屋島に登る

「まぁちゃん、行こか?」
家の門のほうから声がしました。
まさるあにさんのところに友だちのへいちゃんがやってきたのです。
「行こか!」とあにさんは答えて立ち上がり、帽子をかぶり、おかあさんに用意してもらった水筒をさげました。

Qちゃんもあわてて 立ちあがり、帽子をかぶってあにさんのあとにつづきました。
「あにさん、どこ行くん? ボクも・・・」
ふりむいた まさるあにさんは、帽子をかぶったQちゃんを見て、やさしく笑いながら言いました。
「Qちゃん、一緒行くか?」
「ウン」

へいちゃんが小さな声でたずねました。
「だいじょうぶなんか?こんな小さくて・・・?」
「平気や。これも経験じゃ」とあにさんは Qちゃんの顔を見ながら言いました。

「なにするん?」
「お山登るんや。ちゃんとついて来いや」
「ウン・・・」

道にでて右手に浜を見ながら歩けば、前方には水田が広がっています。
が、その手前で左に曲がると、道はなだらかな登り坂になります。
「お寺さんに行くの?」
Qちゃんは尋ねました。
「お寺さんのそばからお山に登るんよ」へいちゃんが言いました。

お寺さんの前まで来ました
「見てみい、ここから見るお山の形はきれいやろ。屋島富士って呼ばれとる」あにさんが教えてくれました。

「ここからや」
へいちゃんのゆびさす方を見ると、道の先は見えず、まわりの木々がおおいかぶさっているみたいで、道の幅のぶんだけ空いた隙間から日の光が差し込んでいました。
道はすぐさま道と呼ぶには心細くなり、わずかに踏み跡が残っているだけのようでした。
ここを行くのかとQちゃんはちょっと尻込みして立ち止まってしまいました。
「行くぞ!」
へいちゃんがいさましい声をあげて、藪漕ぎしながら一番に入っていきました。
Qちゃんが続いて行こうとするとあにさんがQちゃんの腕をつかんで言いました。
「あにさんのすぐ後ろをついてくるんよ」

人ひとりの幅の道を、へいちゃんは元気よく大股で登っていくらしく、藪漕ぎの音が遠ざかっていきます。
道は登りがきつくなり、足元には木の根っこが土の上を走り、その上に無数の葉っぱ、そして笹が右、左から登る人にちょっかいを出すように手を出しています。
Qちゃんは、一歩、一歩踏み出すのが少しずつ、遅れてきました。
あにさんとの間が人ひとり分空いてしまうと、除けた藪が戻ってきてQちゃんに襲い掛かってきました。
慌てて小走りにあにさんに追いつき、あにさんのズボンを掴むと、まさるあにさんは笑顔で振り返り、
「大丈夫か?」と聞きました。
Qちゃんはただただ、「うん、うん」と頷いただけでした。

どれくらい登ったでしょうか。藪漕ぎはいらなくなったけれども、まだまだ先がありそうです。
かなりの急な登り坂だったので、Qちゃんの足は重くなってきました。
上の方で、人の声が聞こえます。見上げれば、木々の隙間が大きくなって、空の青がよく見えるようになっていました。
あともう少しです。
背の高い木々が徐々に少なくなり、目の前が開けました。

 屋島寺へ
「お寺さんまで行って、ちょっと休もうな」
本堂の手前にある門の前で階段に腰を下ろして、水を飲みました。
「Qちゃん、よう頑張ったなぁ。この道は大人でもしんどいもんや」
「Qちゃんは頑張り屋さんやね」
ふたりに褒めてもらい、Qちゃんは嬉しくなりました。

「屋島寺さんはな、むか~しむかし(754年)唐の偉い鑑真というお坊様が九州から奈良に行く途中に立ち寄られて、基礎を作られた。そして弘法大師さんがそのあと(815年)帝からのお達しでお寺を建てられたんや」

数人で来ているかたまりが何組かあり、それに混じって本堂で手を合わせました。
ご挨拶をすませて、右手に行くと、蓑山大明神の祠がありました。
「この太三郎狸さんは四国の狸の総大将なんや」
「なんで『蓑山』なの?」
「太三郎狸は老人に化けるときに蓑笠を被っとって、鑑真さんや、弘法大師さんを道案内したっちゅうこっちゃ。それでやろな」
「この狸さんは日露戦争のとき、仲間の狸を指揮して、体の毛を抜いてそれを兵隊さんにみせて大活躍をしたそうや」
「本当に?」
「ははは、どうやろな」

 獅子の霊厳(ししのれいがん)へ
平らに広がった台地の先には海の中の島々が見えました。
「あれが女木島、向こうに見えるのが男木島や」
「女木島は『桃太郎』の鬼が島と言われているんや」
先ほど境内で見かけた人たちでしょうか。遠くを指さし、景色を眺めています。

Qちゃんが眼下に目を移すと一面の塩田が見えました。
「浜だ」Qちゃんは小さな声で呟きました。高いところから見た塩田がとても広くて、そしてQちゃんの家がお山の崖の陰に隠れて見えないので、浜に喰われてしまったように思えたからです。
「そう、あそこの広い浜は、亥の浜といって、この辺りで最初に出来た浜なんや」
「200年くらい前のことや」

「こっちに来てみぃ」 へいちゃんが手招きをしています。
「あそこにある岩は、まるでお獅子さんが吠え立てているみたいに見えるやろ。それでここを獅子の霊巌て言うんよ」
「れいがんって?」
「昔、弘法大師さんがな、ここ屋島のお寺さんを一日で作ろう思いなさったんや。途中、お日さんが沈みそうになったけん、この岩の上で必死にお祈りなさって、お日さんを空高く戻さはって、お寺さんは無事一日で出来たって。そういう不思議で、すごい所だってことや」

 談古領(だんこれい)
お寺さんの裏をぐるりと回るように屋島の東側に行きます。

へいちゃんが両手を腰に当てて、「よう、見えるわ」と遠くに見える小豆島、五剣山を眺めていました。
ここの真下には、安徳天皇社や佐藤継信の墓、対岸には平氏の舟隠し、那須与一ゆかりの庵治といった古戦場跡が見え、その間には塩田が広がっていました。

あちらこちらを指差しているまさるあにさんとへいちゃんの横で、Qちゃんはしゃがみ込んでしまいました。
「そりゃ、疲れるわな」へいちゃんが言うと
「そろそろ帰るか」まさるあにさんも言いました。
「屋島城はまた今度にしような」
「そうやな。塩釜神社さんに降りる道にしよ」
下りの道は、登り坂よりも足元の悪さが気になります。

ウバメガシのトンネルを抜けると、また藪漕ぎとなり、あにさんのシャツにつかまりながら、なんとか一歩一歩下山しました。
前を行くあにさんとへいちゃん。
Qちゃんは泣きたくなるほど疲れてきました。
あにさんが振り向くと へいちゃんも振り向いて
「おっぱ(おんぶ)しよか?」と言ってくれましたが、
あにさんは、ズボンのポケットをまさぐりながら、言いました。
「もうじき 塩釜さんや。そこでぴっぴ(うどん)食べるか?・・・
そんならもう少しがんばろな」
休めるとわかっても早く歩けないQちゃんを ふたりが元気づけながら進みました。

 おんぶされて帰る
一杯のうどんを3人で分けて食べ終わると、Qちゃんはもう立ち上がれないほど、どっと疲れが出てきました。
「もう少し、がんばろな」
その言葉を聞いたQちゃんは泣き出しそうな顔になり、その場にうずくまってしまいました。
あにさんはQちゃんに背中を向けてしゃがみこみ、Qちゃんがしがみつくと、あにさんは立ち上がり、歩き出しました。
「途中で代わるよ」へいちゃんが言いました。

 夕ご飯も食べずに寝る
家の近くまで来ると、お姉さんが駆け寄ってきました。
「まぁまぁ、お母さんが心配しとられたよ」
門の前まで行くと、お母さんが安心した様子で立ってこちらを見ていました。
「あにさんが一緒やから大丈夫やろとは思っていましたが…、へいちゃんにも難儀なことで、相済みませんことでした。」
お母さんにそう言われたへいちゃんは、急に大人びた風に、
「なかなかいい鍛錬になりましたワ」と爽やかな笑顔で言いながら、背中で寝ているQちゃんをあにさんに預け、まさるあにさんに頷いてみせると家に帰っていきました。

夕食。隣の部屋では布団の中でQちゃんが眠っています。
「夕食も食べんと、Qちゃん、大丈夫やろうか」
「途中、うどんを食べたから大丈夫やろ」
「そうやな。・・・あにさんの背中がよっぽど気持ち良かったんやろ。ぐっすり眠っとるわ」


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その後成長したQちゃんは「あにさんの背中」を見、あにさんに倣うように一高、東大のボート部へと進みました。
ベルリンオリンピックに出場したあにさんに続き、オリンピックを目指したQちゃんの前に、「幻の東京オリンピック」が戦争の足音とともに立ちはだかったのでした。
常に自分を律してきたQちゃんには何とも悔しかったことでしょう。
小さい頃のQちゃんに、弱音を吐くような面があったというのは、想像しがたいものでもあり、また、微笑ましい限りです。
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参考URL
http://www1.odn.ne.jp/suiton/index.html 屋島へ行こう
http://akikun119.web.fc2.com/1yasimanosyoukai/8yasimanoimamukasi/yasimanoimamukasi.html 屋島の今昔
http://infocage.cocolog-nifty.com/photos/yashima1/yashima20.html 屋島の昔の写真
http://www.ku-kai.org/index.html 空海



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